2008年1月19日土曜日

Cake walking babies

やり手ピアニストのクラレンス・ウイリアムスが1924年に作曲した軽快なダンスナンバー。ベシェは1924年末と1925年初にニューヨークにて続けて録音している。

メンバーは異なるものの、いずれもルイ・アームストロングとの共演であるというのが面白い。軽快なリズムに乗ったベシェとルイの若さ溢れる掛け合いは、この時代に録音された音楽の最高峰に立つ一流品だ。ベシェはその25年後の1949年にもワイルド・ビル・デイビソンと共にこの曲を録音しているが、彼の頭の中には若き頃のルイとの熱い演奏があったのは想像に難くない。

昨年の冬、20年ほど前にお世話になった人を訪ねた。白い粉雪が軽く風に舞っていて、とても静かな日。よく晴れた深く青い空に一面の白い雪景色が美しく映えていた。アメリカ北部特有の広大な森の中を切り開いて建てた家は、僕の記憶の中にあった家よりは少し小さかったけれど、その日雪に埋もれていた砂利道は、僕も昔一緒に石をどかす手伝いをしたのと同じ道だった。あの日は、とても日差しが強い夏の日だった。

僕は、20年の間にその人はどういう風に老いてしまっただろうか、というようなことを考えながらその砂利道をゆっくりと進んだ。その人の顔を思い出そうとしたけれど、もやもやとしか思い出せなかった。もし顔を見ても分からなかったらどうしよう、と一瞬考えた。けれど、ドアを開けて僕を迎えてくれたその人の笑顔を見た途端、何故か僕は、自分の記憶の中の笑顔とちっとも変わってないな、と思った。

昔と同じように、食卓にて短くお祈りを捧げてから皆でゆっくりと食事をした。ふと、なんだかでこぼこするな、と思って僕のテーブルクロスの下を探ると、小さな木を不器用にくっつけて作った木工船が出てきた。その船の横には、間違いなく今と変わらない僕の字で、自分の名前が書いてあった。

すっかり忘れていたけれど、その頃僕は毎週のようにその人の家に通って木工工作をしていたのだ。そんなものを20年間も大事に持っていてくれたというのが、ものすごく嬉しかった。同時に、やっぱり会いに来てよかった、と思った。冬の静かな午後の森に時間がゆったりと流れ、久しぶりに時計を見るのも忘れて話をした。帰りがけに船を一緒に持っていこうとすると、それは私が持っておくと言う。そうだ、その方がいい、と思った。

人生において、20年というのは長いようで短く、短いようで長い。ルイと共に音楽界で確固たる地位を築きあげたベシェが、25年間一度も録音せず又他のミュージシャンが殆ど顧みることもなかったこの曲を、改めて演奏しようと思ったのはどうしてだったのだろうか。そんなことを考えながら僕はふと、あの不細工な木工船をまた見ることはあるのだろうか、と思った。