2009年11月2日月曜日

Blues in the air

1941年秋のニューヨーク、名手Vic Dickensonとのコンビで再結成したNew Orleans Feetwarmersによるスタジオ録音のためにベシェが用意した曲。以後何度も録音したベシェの代名詞。

風の囁きのような軽いピアノのイントロに続き、大河のように重くゆったりと流れるメロディ、そのうえに突如悲しげな旋律が乗り、やがてブルースの合間をベシェの美しいソプラノサックスが縫うように展開する、シドニー・ベシェの真骨頂が味わえる名曲。

一昨年の晩秋、早朝のワシントンDCを一人歩いていた。肌を刺す冷たい朝の空気が痛かった。

人がいないがらんとしたワシントン・モニュメントの前を通り過ぎ、黒い水面に映って静止したリンカーン・メモリアルを眺めながら無言で歩いた。ピンと張った水の上を知らない水鳥が泳いでいき、綺麗な模様を作った。

誰もいないかと思ったら、ガードが一人ぽつんと動かずに立っていた。階段をゆっくりと登って静かにリンカーン像の前に立った。弁護士として雄弁さで知られたリンカーンは、ただ威圧的に黙って座っていた。

その週僕はアメリカという実力社会の中での自分の限界を感じていた。黙って座るリンカーンは、そんなアメリカそのものに見えた。心の中がすごく疲れているのが分かって、そのことが嫌だった。

ふと振り返ると、静止した水面にワシントン・モニュメントが上下垂直に映り、アメリカを代表する雄大な景色が目の前に広がっていた。突然、気持ちが軽くなったのが分かった。こんなところで僕もよくやってるじゃないか。
    
Blues in the airの旋律が聴こてくる気がした。

 

2009年8月19日水曜日

Indian Summer

"Some musicians played the tune prettily, but I like the playing that makes me want to dance." - Sidney Bechet (1940, Jazz Information).

2009年6月29日月曜日

Kansas City Man Blues

1923年初夏のニューヨーク、Clarence Williams率いるBlue Fiveのメンバーとして録音したこの曲は、同日録音されたWild Cat Bluesと並んでベシェのデビュー作であり、晩年に至るまで折に触れて好んで演奏した曲。夏の強い陽射しにがらんとした埃っぽい西部の田舎町をイメージさせる、のんびりとしたメロディに伸びやかに乗るソプラノサックスの音色が心地よい。禁酒法とCount Basieらの登場によりKansas Cityが華やかなメッカとなる10年以上前のことだ。

2007年の夏、僕は周りに広大な大地以外何もないRoute 70をひた走りにKansas Cityを目指した。途中、熱帯雨林に降るスコールのような大雨とともに、夏と言うのにゴルフボールくらいの雹がぼこぼこと降ってきた。そのあと嵐はすぐに止み、ぽかんとした青空が広がった。

古い道路を進んで寂れたKansas Cityのダウンタウン外れに、American Jazz Museumがあった。駐車場が分からずにしばらく迷った挙句、ようやく辿り着いたミュージアムには、Charlie Parkerのアルトサックスなどが細々と展示してあったが、夏休みだというのに訪れる人もなくひっそりとしていた。

売店にJelly-Roll Mortonのポスターがあったので買おうとすると、売店のおばさんは、彼は良いミュージシャンだ、などと言う。でも、Jelly-Rollは果たしてKansas Cityで演奏したことがあったかな、と思った。ああ、でも確かKansas City Stompと言う曲を書いていたなあ、などと漠然と頭の隅で考えながら、ポスターを買った。

相変わらず人がいないがらんとした寂しい駐車場で車に乗り込み、ミュージアムを後にして走り去ろうとしたら、唐突に左側の壁の落書きが目に飛び込んできた。往年のKansas City Jazzを代表するミュージシャン達が強烈なタッチで壁一面に描かれていた。落書きは、俺らを忘れるなよ、と言っているように見えた。それを見て僕は、やっぱりKansas Cityに寄ってよかったな、と思った。Route 70の上には、相変わらずの青い空が広がっていた。